アコンカグア ノーマルルート

コースタイム
天候 | 晴れ、曇り、吹雪 |
---|---|
過去天気図(気象庁) | 2014年12月の天気図 |
アクセス |
利用交通機関:
バス
飛行機
▼飛行機 成田→ロス→リマ→サンチアゴ→メンドーサ ▼現地移動 メンドーサ→ロス・ペニテンテス(バス) ロス・ペニテンテス→レンジャーステーション(ツアー車) ■帰り ▼現地移動 レンジャーステーション→ロス・ペニテンテス(ツアー車) ロス・ペニテンテス→メンドーサ(バス) ▼飛行機 メンドーサ→サンチアゴ→ダラス→成田 |
コース状況/ 危険箇所等 |
■レンジャーステーション↔コンフルエンシア とても歩きやすい ■コンフルエンシア↔アコンカグア南壁BC とても歩きやすいが道に迷いました。 ■コンフルエンシア↔プラサ・デ・ムーラス 帰りに川が増水し靴を脱いで渡る必要がありました。 ■プラサ・デ・ムーラス↔C1(キャンプカナダ) 富士山の砂走に近い ■C1(キャンプカナダ)↔C2(ニドデコンドレス) 富士山の砂走に近い ■C2(ニドデコンドレス)↔C3(ベルリンキャンプorコレラキャンプ) 雪があることも。アイゼンは必要なし ■C3(ベルリンキャンプorコレラキャンプ)↔インディペンデンシア小屋 雪が所々ありますが、歩きやすくアイゼンは基本的に必要なし ■インディペンデンシア小屋↔グラン・カナレタ 雪です。風に吹かれるため、アイゼンをつけます ラッセルになることもあります。 ■グラン・カナレタ↔サミット 急斜面で、雪と岩がミックスです。アイゼンはつけたまま。 ルートが分かりにくく、右に登るのが簡単らしいですが、直登してしまいました。 |
その他周辺情報 | ロス・ペニテンテス付近に売店やレストランがあります。 |
写真
装備
個人装備 |
■登頂用装備一覧
▼ザッグ patagoniaの簡易ザッグ ▼ストック セール品 ▼シューズ 登山靴:SCARPA ファントム6000 靴下:SmartWool アイゼン:Brack Diamond ▼手袋 インナー手袋:SmartWool アウター手袋:Outdoor Research ミトン ▼ウェア(上) 冬用ベースレイヤー:patagonia capilene4 中間着:patagonia R1 Hoody フリース:HAGLÖFS フリースみたいなもの:patagonia Nano-Air™ Hoody インナーダウンジャケット:NorthFace summit ハードシェル:patagonia Super Alpine Jacket ▼ウェア(下) パンツ:SmartWool 冬用タイツ:patagonia merino2 中間着:patagonia R1 pants ズボン:冬用モンベル オーバーズボン:patagonia Super Alpine ▼その他 ヘッドライト:Brack Diamond サングラス:不明 ゴーグル:不明 バラクラバ:無し 飲み物:テルモス1.2リットル 行動食:少量 ■テント関連 テント:エスパース ゴアテックスソロ シュラフ:ISUKA 1000 マット:サーマレスト Zライト |
---|
感想
6年ぶりに帰ってきた南米。
6年前、アメリカ大陸を自転車で旅をしていた途中、アコンカグアに挑戦しました。
風邪と併発した高度肺水腫。
ベースキャンプのプラサ・デ・ムーラスからヘリコプターで下山した
今でも忘れることのできない悔しい思い。
今回のアコンカグアは6年前のリベンジ。忘れ物を回収しにいく登山でした。
前回のアコンカグアの悔しさから、トレッキングは別として、
5年間、山を登っていませんでした。
高山が正直怖かった。肺がもってくれるか分からなかった。
日本でも3000mで高山病になるくらいあまり高度に強くない身体。
肺年齢も計測したら89歳レベル!
肺活量が一般よりも少ない身体で山に登るのが怖かった。
学生から会社勤めになり少し落ち着いてきたころの約1年前、
秩父の武甲山に大学の先輩に連れていってもらってから山登りを再開しました。
この1年間、アコンカグアのリベンジのために日本でトレーニング。
雪山をもう一度歩くために、ガイドに講習を受けました。
雪山だけでなく、山の歩き方、レイヤリングを学びました。
高度への反応を高めるために、
出発前の約1ヶ月間で低酸素室に6回入り身体を高地仕様に変えました。
以下、今回の2週間の行程です。
-------------------
▼12/22
アルゼンチンのメンドーサに着き、登山申請を出しました。
今回は、レンタルするものはなく、ホワイトガソリンを3リットル購入。
現地の食材を少し購入し、準備を整えました。
▼12/23
バスに乗りレンジャーステーションへ。
ベースキャンプまでは荷揚げ用のムーラを雇い、
コンフルエンシアまで歩きはじめました。
登山申請を出す時に個人で来ている日本人3人と仲良くなり、
入山日が同じ日ということもあり、4人での行動が基本になりました。
皆、とても良い人達でとても楽しかった。
<タイム>
プラサ・デ・インカ(15:15)→コンフルエンシア(18:45)
▼12/24
コンフルエンシアから高度順応のためアコンカグア南壁へ。
途中道に迷い、ミラドールまで行き引き返しました。
クリスマスイブのため、夜中2時ごろまでパーティでした。
私のテント近くでキャンプファイヤーをやられ、びっくりしました。
<タイム>
コンフルエンシア(8:20)→(12:45)アコンカグア南壁ミラドール(13:30)→(15:15)コンフルエンシア
▼12/25
コンフルエンシアからベースキャンプまで17キロ。
とてもとても長い道のりを約8時間かけて歩きました。
高山病にならないように、ゆっくりと時間をかけて歩く道のり。
この夜、高山病から嘔吐。次の日も夜まで食事が取れませんでした。
<タイム>
コンフルエンシア(7:45)→(15:45)プラサ・デ・ムーラス
▼12/26
ベースキャンプで一日ゆっくり。
気持ちがあまりよくなく、夜に味噌汁に米を入れ雑炊にして食べました。
夕方、メディカルチェックを受け、問題ない数値のため明日荷揚げをすることに。
SPO2は81、脈拍は91
▼12/27
C1のキャンプカナダかC2のニドデコンドレスか、どこまで荷揚げするか迷いながら出発。
前日の体調不良の心配があったが快調。
ニドデコンドレスまで荷揚げしベースキャンプまで下山。
ただ、夜のメディカルチェックでSPO2が75でドクターから次の日の行動を止められる。
4人中3人がメディカルチェックに引っかかり、停滞。
<タイム>
プラサ・デ・ムーラス(9:10)→(11:45)キャンプカナダ(12:15)→(14:45)ニドデコンドレス(15:30)→(17:10)プラサ・デ・ムーラス
▼12/28
前日のドクターチェックでNGだったため、ベースキャンプで1日ステイ。
シャワーを浴びる。夕方の診察でSPO2が90、脈拍も血圧も絶好調。
1人は今日ニドまで上がっているが、残り3人も問題なく明日ニドまで上がれることに。
▼12/29
今日くらいに山岳ガイドの倉岡さんに会えると思っていたら、
キャンプカナダ付近でばったり。1時間くらい足止めをさせて頂き、情報収集。
人生初めての5400m付近での睡眠はトイレに朝4時に起きるまでぐっすり。
風が強くなってきた。
<タイム>
プラサ・デ・ムーラス(10:10)→(12:45)キャンプカナダ(14:10)→(17:30)ニドデコンドレス
▼12/30
年末年始と天候不良の情報から一度ベースキャンプまで降りることに。
下見と高度順応を兼ねて、C3まで空身で上がりました。
6000m近い標高の影響からか、ベルリン小屋で心臓が痛くなりました。
ベースキャンプまで下り、夜は倉岡さんたちと楽しい宴。
まさか山でお酒を飲むとは。
弱いので勿論吐きました。
<タイム>
ニドデコンドレス(9:00)→(10:50)ベルリンキャンプ(11:10)→(11:20)コレラキャンプ(11:30)→(12:15)ニドデコンドレス(13:30)→(15:30)プラサ・デ・ムーラス
▼12/31
天候が良くないため、プラサ・デ・ムーラスでステイ。
シャワーを浴びようとしたら壊れたため、裸で修理を手伝いました。
少し風邪を引き、不安に。
▼1/1
3回目のニドデコンドレスへ。
高度順応がある程度出来ているため、少しスピードを上げました。
C1のキャンプカナダを超えた辺から吹雪に。やはり天候は悪い。
夜は吹雪との戦い。でも2時頃には満点の星空が広がっていました。
風は少し弱まったがまだまだ強い。
<タイム>
プラサ・デ・ムーラス(12:30)→(14:20)キャンプカナダ(14:40)→(16:20)ニドデコンドレス
▼1/2
ニドから最終キャンプのC3、コレラまで食料やテントを荷揚げ。
荷物がとても重く、また雪の影響からスピードが全然上がらない。
高所順応のため、6300m地点のインディペンデンシア小屋まで行くことに。
コレラからの目標タイムの2時間をきっちりキープでき、登頂の自信が深まりました。
年末年始にアタックできなかった他のパーティたちも続々とコレラに上がってきました。
2日にアタックした唯一の日本人二人にも会え、勇気をもらえた。
彼らのトレースが私の登頂できた大きな要因になりました。
夜はあまり寝れなかったが、それでも食欲は旺盛でした。
<タイム>
ニドデコンドレス(9:30)→(12:00)ベルリンキャンプ(12:15)→(12:30)コレラキャンプ(14:05)→(16:05)インディペンデンシア小屋(16:30)→(17:15)コレラキャンプ
▼1/3
3時頃から周りのパーティのテントがアタック準備で騒がしくなってきた。
3時30分頃に起床し、先ずはお湯を沸かす。
その間にアタック装備に着替えたり、夜の間にテルモスに入れたほうじ茶を飲む。
フリーズドライの牛飯にまずはお湯を注ぎ、その後テルモスに入れる様のお湯を沸かす。
ラーメンを500gのスープと一緒に食べ、フリーズドライも食べ、5時にアタック開始。
他のパーティと時間が被ったため、一人先行することに。
インディペンデンシア小屋まではゆっくり2時間のペースで、
ヘッドライトをつけ登り始める。
前日にトレースをつけたりしたことが大きなメリットに。
問題なくインディペンデンシア小屋に。
どら焼きを食べ、テルモスに入れたほうじ茶を200g程度飲む。
アイゼンを付けグランカナレータに向かう。
グランカナレータの途中までは風が強かったがピタリと止んだ。
今日は絶好のアタック日であることを確信し、登頂への意欲が高まる。
ペースはゆっくりゆっくりと上げないように気をつける。
途中心臓が少し痛くなるが、心を落ち着かせることでほぼ問題ない。
高山病の兆候もでていない。
グランカナレータで、羊羹を一つ食べ、ココアを100g飲む。
頂上の方向は分かるがルートが分からない。
前日まで降った雪の影響でトレースがまばらにしか付いていなかった。
右に登るのが正解らしいが、取り敢えずは直登出来るところまで直登。
岩と雪とのミックスでもろい岩が崩れる。
それでも、快晴の天気が登頂へ後押ししてくれた。
最後の数10mは完全にルートを間違え、
南峰の方からクライミングモードに変わってしまった。
開けた頂上に着いたときは、涙が自然と流れ落ちました。
40分待って、後続のパーティが登頂し、
喜びをやっと人と分かち合えました。
その後、一緒に今まで登ってきた日本人の人が来て、
写真を撮り下山。一気にベースキャンプまで下りました。
一緒に今まで登ってきた日本人の4人全員が登頂でき、
最高に嬉しかったです。
<タイム>
コレラキャンプ(5:00)→(6:55)インディペンデンシア小屋(7:25)→(8:40)グランカナレータ(9:00)→(11:40)アコンカグア山頂(13:05)→(15:15)コレラキャンプ(18:10)→(18:50)ニドデコンドレス(19:30)→(20:30)プラサ・デ・ムーラス
▼1/4
一緒に登ってきた日本人2人は、次の日の飛行機の乗るために、
午前1時にベースキャンプを出発。10時間かけて下山したそう。
凄まじい体力。
私ともう一人の日本人は、ゆっくりとコンフルエンシアまで下りました。
途中、増水した川を渡る際に裸足になり、
岩で右足親指を切りました。怪我をしてから10キロ以上の道のりが遠かった。
<タイム>
プラサ・デ・ムーラス(13:00)→(19:00)コンフルエンシア
▼1/5
12時頃にメンドーサに向けて出発するバスに乗るために朝早くに下山開始。
振り返るとアコンカグアがそびえ立っていました。
メンドーサに戻った後、アコンカグアの登山中にあったバックパッカーの二人と、
一緒に下山した大学生と登頂おめでとうのステーキ、ハンバーガー、アイスを食べました。
今シーズンの日本人のアコンカグア挑戦組の成功率はとても高いのではないかと思います。
良かった。
<タイム>
コンフルエンシア(7:45)→(9:30)レンジャーステーション
-------------------
色々な人と出会え、とても楽しかった。
いいねした人
コメントを書く
ヤマレコにユーザー登録いただき、ログインしていただくことによって、コメントが書けるようになります。ヤマレコにユーザ登録する