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文面からは、そのため登山を一時控えねばならないもどかしさも伝わってきますし、お気持ちもよく解ります。
お見舞いを申し上げ、一日も早く完治されて山を楽しめますようお祈りします。
怪我の日記に触発されてか、街中の買い物用に時々使っている壊れたミレーの古いアタックザックを見ていたら、昔の山の古傷を思い出しました。
確か、谷川岳西黒尾根下山中の転倒滑落で両手親指に深い切傷をしたとき背負っていたザックはこれだったかなぁ〜、という程度のことですが〜。
粗忽者の私にしては、今まで運良く古傷として残る程の怪我は少なかったと思います。
そしてその怪我も全て単独行のときのもので、仲間と一緒の時には何故か古傷として痕が残るような大怪我をしていません。
雪崩に飛ばされ滑落した時に自分のスキーで顔面を強打して唇を切り前歯折損、それに前述の両手親指の深い切傷、他にはスリップ時の腰強打による外傷性腎膿胞が痕跡として今も残る古傷でしょうか。
幸い何れも障害が残るものではなく、今では単なる笑い話の種に過ぎません。
さて、話しは壊れたミレーの古ザックです。
年号や日付を記憶するのが苦手なので、購入したのが何時のことか覚えていません。
1970年代の前半頃ではなかったかと思いますが根拠もありません。
怪我した時に、背負っていたのがこのザックだとすればの話しです。
当時、山道具は殆んど好日山荘で購入していました。
その頃に普通ならば皮革を使う部品に全て合成樹脂が使われていることが目新しく、また有名な登山家のルネ・デメゾン監修のモデルというのが購入動機だったかも知れません。
*(MILLET MODELE RENE DESMAISON)
使い勝手の良いアタックザックでしたが5年程使ううちプラスチック部品の加水分解による破損が目立つようになり、あちこちにひび割れも出てきたので引退させ、皮革と金属部品だけが使われているシュイナードのアタックザックに交代しました。
*シュイナード ドラゴン(chouinard dragon #CH-118)
しかし単独行時代の想い出深いミレーのザックは棄てるに忍びなく、今でも街中の買い物用に時々使っているのです。
岩登り現役の若い頃は、有名な登山家の監修の道具に訳も無く反感を感じたりすることもありましたが、若気の至りの思い上りだったのですね。
確かにデメゾン氏監修のアタックザックは当時としては心憎いまでに使い勝手が良かったのです。
デメゾン氏は、皮の吸水性とそれが凍結した時のことを熟知しているからプラスチックを選んだのでしょう。
仕事として四六時中山に登る彼らにとって、靴やザックを5年以上も使い続けることなど恐らくありませんから加水分解は問題外なのでしょう。
趣味で時々山に登り、山靴やザックを10年以上もの長きに亘って使う私達の場合にこそ、プラスチックの加水分解には用心しないといけないと思いました。
怪我の日記の誘発から、今日は色々考えたり想い出したりして日が暮れました。 ainakaren
ainakarenさんのおはようございます。
今年もainakarenさんの日記を楽しませていただきます。
私も70年前半に最初のミレーのザックを購入してから、
ずっとミレーファンで、やはり岩登りの時に使用していました。
その時のミレーは、この写真と同様maid in franceと
なっていますが、今使用しているミレーはmaid in vietnamとなっています。
maid in japan製品が少なくなってきている昨今ですが、どこの国も事情は同じなんでしょうね。
kazuhi49さん、おはようございます。
今年も宜しくお願いします。
あの頃のミレーは台形と云うか、オムスビの上を切り取ったような形でしたが、この頃は縦長の長四角形ですね。
シュイナードは長四角のボトムが微妙な曲線で膨らんでいましたね。
今頃のミレーはベトナム製ですか。
そういえばフランスはベトナムの宗主国だったのですね。
べトミン、べトコンと戦争中は大変でしたが、今は経済協力なのですね。
当時のミレーのオムスビ型台形が良く解る写真があります。ainakaren
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